
人質事件の凶悪犯人ランキング50選・日本と海外別【2025最新版】
交渉を有利にするために犯人が人の身柄を拘束する「人質事件」は凶悪犯人の常套手段です。そこで今回は、凶悪犯人による人質事件をランキング形式で紹介します。
2位:あさま山荘事件
1位:三菱銀行人質事件
凶悪犯人による海外で起きた人質事件ランキングTOP11-1
11位:パキスタン・モスク立てこもり事件

最悪の結末を迎えた
パキスタン・モスク立てこもり事件は、2007年7月3日にパキスタンの首都イスラマバードでイスラム教の神学生らが治安部隊と衝突し、その後モスクに人質を取って立てこもった事件で、イスラーム過激派アルカーイダとの関連が指摘されています。ムシャラフ大統領は事態の打開に向けて最終段階に入った。これまでの政府側とモスク側の衝突で少なくとも21人の死者が出ていた。午前4時(軍のスポークスマン)、SSGを先頭に政府軍がモスク敷地内に突入した。突入後、20人ほどがモスクから脱出したと見られている。4時間後の午前8時にモスクは制圧され、こうして事件は一応の解決を見たが事態は最悪の結末を迎えることとなってしまいました。
10位: オクトーバー・クライシス
9位:テヘラン アメリカ大使館人質事件
8位:レバノン危機
7位:リビア外国人拉致事件

リビアによるイギリス人の拉致・人質事件
1984年4月17日、カダフィ率いるリビア政府によって、4人のイギリス人男性が拉致される事件が発生。リビア側は、マンチェスターやロンドンで起きた爆破事件の犯人としてイギリス側に捕えられている4人のリビア人との交換を要求。ロンドンのリビア大使館で警官のイヴォンヌ・フレッチャーが撃たれて死んでから、両国の関係はすでに緊迫した状態でした。1985年の始めにイギリス本国へ戻す決定がなされましたが、リビア側は解放にあたって、イギリス政府に条件をつきつけてきました。その中には、イギリスに収監されているリビア人囚人たちの解放手続きを進めること、イギリス国内での反リビアの宣伝活動をやめることなどが含まれていました。
あさま山荘事件または浅間山荘事件は、1972年2月19日から2月28日にかけて、長野県北佐久郡軽井沢町にある河合楽器製作所(本社・静岡県浜松市)の保養所「浅間山荘」において連合赤軍の残党が人質をとって立てこもった事件です。警察官2、民間人1の計3人の死者を出した日本において最悪の立てこもり事件です。