
人質事件の凶悪犯人ランキング50選・日本と海外別【2025最新版】
交渉を有利にするために犯人が人の身柄を拘束する「人質事件」は凶悪犯人の常套手段です。そこで今回は、凶悪犯人による人質事件をランキング形式で紹介します。
14位:甲府信金OL誘拐殺人事件
13位:深川通り魔殺人事件
12位:二丈町立てこもり殺人事件

男性の娘は腹部を刺され死亡
二丈町立てこもり殺人事件は、2002年9月14日に福岡県糸島郡二丈町(現:糸島市)で発生した人質・殺人事件です。2002年9月14日14時半ごろ、福岡県糸島郡二丈町吉井の防水加工業の男性宅に男が押し入り、男性の母と娘を人質に取り男性宅に立てこもった。犯人の男は男性の姉の夫で、行方が分からなくなっている妻と子供との面会を要求。男性が同日20時ごろに帰宅した際に男性の母と娘に包丁を突き付けていることを知り、警察に110番通報した。男性の母は翌9月15日昼に解放されたが、男性の娘は9月16日未明に腹部を刺され死亡。 さらに、男性は犯人の男から事件前に犯人の妻と子供を捜すように脅迫電話を受け警察に相談したものの、取り合ってもらえなかったという。犯人の妻は犯人からのDVに怯えており、暴力から逃れるために犯人のもとから逃げていたそうです。
11位:金嬉老事件

M1カービン用の30発弾倉を取り付けた豊和工業製の猟銃「M300」とダイナマイトで武装
金嬉老事件は、1968年2月20日に在日韓国人二世の金嬉老が犯した殺人を発端とする監禁籠城事件です。1968年2月20日、手形のトラブルが高じて暴力団から借金返済を求められた金は、返済を約束して静岡県清水市の歓楽街にあるクラブ「みんくす」で暴力団・柳川組組員と面会。その場で暴力団員2人に対しライフルを乱射して殺害し逃亡。逃亡中の翌日には、同県榛原郡本川根町寸又峡温泉の「ふじみや旅館」で経営者と宿泊客ら13人を銃で脅し、人質にとって籠城。金は、M1カービン用の30発弾倉を取り付けた豊和工業製の猟銃「M300」とダイナマイトで武装していた。籠城すると、自ら警察に居場所を通報し、警察が民族差別について謝罪することを人質解放の条件とした。88時間にわたった籠城の結果、2月24日に金は報道関係者に変装した静岡県警察の捜査員と記者らによって取り押さえられ逮捕されました。
10位:愛知長久手町立てこもり発砲事件
9位:経団連襲撃事件

“YP体制打倒青年同盟”
経団連襲撃事件とは、1977年3月3日に起きた立て籠もり事件です。「憂国道志会」の野村秋介、楯の会の元実動部隊班長・伊藤好雄と元会員西尾俊一、大東塾元塾生・森田忠明の4人が“YP体制打倒青年同盟”を名乗り、“戦後体制の欺瞞に鉄槌を下す”目的の下に、ピストルと猟銃と日本刀を携えて経団連会館に侵入し、職員12名を人質にとり、7階の会長室に約11時間監禁籠城。野村は「直接のきっかけは一昨年、新左翼グループ(日本赤軍)が起こしたクアラルンプール事件だ。日本政府は彼らの要求に屈し、五人の獄中犯をやすやすと釈放してしまった」とその影響を述べています。犯人たちが三島由紀夫を尊敬していたことから、事件現場に三島未亡人瑤子が赴いて説得にあたったところ、これをきっかけに人質たちは全員解放され、野村他籠城犯全員が逮捕されました。
8位:クアラルンプール事件
7位:ハーグ事件
6位:在クウェート日本大使館占拠事件
5位:名古屋立てこもり放火事件
4位:三島事件
3位:在ペルー日本大使公邸占拠事件

ペルー軍が公邸の地下にトンネルを掘り公邸に突入
在ペルー日本大使公邸占拠事件は、1996年12月17日(現地時間)に、ペルーの首都リマで起きたテロリストによる駐ペルー日本国大使公邸襲撃および占拠事件で、翌1997年4月22日にペルー警察が突入し人質解放されるまで、4か月以上かかりました。天皇誕生日の祝賀レセプションが開かれていたペルー・リマの日本大使公邸に覆面グループが乱入、青木大使をはじめペルー政府の要人や各国の大使らを人質にとった。グループは、反政府革命運動の14人で、仲間の釈放や身代金の支払いなどをペルー政府に要求した。事件はこう着状態が続いたが、ペルー軍が公邸の地下にトンネルを掘り公邸に突入、犯人グループを射殺し人質を救出しました。
京都中央信用金庫立てこもり事件とは、信用金庫と融資トラブルをめぐって発生した人質立て籠もり事件です。2002年12月26日午前10時ごろ、京都中央信用金庫の本店に拳銃2丁を所持した徳田衛一が押し入り「理事長に会わせろ」と、信金の職員4名を人質にとり立てこもります。発生から14時間、翌未明の27日午前2時30分ごろ、警察官や自身が経営していた不動産会社の元従業員らの説得に応じるかたちで残る2名を解放し、自身も投降した。徳田は、事件前に自身の犯行声明としてビデオテープ3本を京都府警と検察あてに残している。そのビデオテープの中で徳田は、京都中央信金とのやりとりで融資を受ける条件として、前社長が残した負債を個人保証することなどを飲んだが実際に融資は受けられなかったこと、警察や検察に何度も相談したが取り合ってもらえなかったことなどを犯行理由として語り、京都府警本部長に本件への介入を要求していました。