
日本赤軍メンバーの現在!衝撃ランキングTOP26【2025最新版】
日本赤軍は1971年に共産主義者同盟赤軍派の重信房子と奥平剛士らが結成、2001年まで存在した日本の新左翼系の国際極左テロ組織です。今回は日本赤軍メンバーの現在を衝撃順にランキング形式で紹介します。
日本赤軍メンバーの現在衝撃ランキングTOP15-11
日本赤軍メンバーの現在衝撃ランキングTOP10-6

1976年にヨルダン入国の際に偽造旅券の容疑で日高敏彦とともに逮捕され、10月13日に日本に移送されますが、1977年にダッカ日航機ハイジャック事件で超法規的措置で釈放され出国します。
1987年6月9日、ベネチア・サミット開催中、ローマのアメリカ大使館とイギリス大使館にロケット弾が発射された他、カナダ大使館で車が爆破されたローマ事件ではレンタカーから奥平の指紋が検出され、イタリア公安当局から奥平の犯行と断定され、さらに1988年4月14日、イタリアのナポリにあるアメリカ軍関連施設(USOクラブ)前における自動車爆弾テロによってアメリカ軍兵士1人を含む5人を死亡させ、4人のアメリカ軍兵士を含む15人を負傷させた容疑でアメリカ政府から手配されています。現在も奥平の生死は不明で、国際手配されています。
その後、檜森孝雄はイスラエルのパレスチナ侵攻への抗議とアフガン非戦の旗印のもと、七十二時間のハンストを敢行するなど、パレスチナを守る運動を行います。
そして2002年、イスラエルのパレスチナ侵攻への抗議とアフガン非戦を訴え、日比谷公園の「かもめの噴水」広場で焼身自殺をはかります。