
昭和アイドルの人気ランキング40選~男性女性別【決定版】
さまざまな伝説が語り継がれる1970年代・1980年代・1990年代のアイドル。まさにアイドル黄金期で、CDやレコードも飛ぶように売れた時代でした。ここでは、昭和アイドルの人気ランキングを男性女性別に紹介しています。
角川映画第3弾『野性の証明』の長井頼子役にオーディションで選ばれ、高倉健との共演で1978年に映画デビューしました。1981年に再び相米監督作品に主演した『セーラー服と機関銃』がヒット。1984年に公開された澤井信一郎の監督作品『Wの悲劇』では演技も評価され、第27回ブルーリボン賞主演女優賞を受賞しました。
1982年4月21日、「妖精時代」でデビュー。各音楽祭で新人賞を獲得しました。以降、同期デビューの小泉今日子、シブがき隊、三田寛子、堀ちえみ、早見優、松本伊代、中森明菜らとともに「花の82年組」と呼ばれました。1990年6月4日、俳優でタレントの薬丸裕英との結婚を機に芸能界を引退しました。
1980年に雑誌『セブンティーン』のモデルに応募し合格、これがきっかけで上京。1981年にTBSのドラマ『2年B組仙八先生』の生徒・高坂ひとみ役でデビューを果たしました。同期デビューは小泉今日子、堀ちえみ、松本伊代、中森明菜、早見優、石川秀美、シブがき隊など「花の82年組」でした。
女性昭和アイドルの人気ランキング 15位~11位
高校2年の時にホリプロが主催する「第1回ホリプロタレントスカウトキャラバン」で優勝し、芸能界デビューを果たしました。同期デビューの女性人気歌手だった高田みづえ、清水由貴子と共に当時「フレッシュ三人娘」と言われました。アイドルとして『ナッキーはつむじ風』をはじめ、数多くのドラマやCMで人気を獲得しました。
1981年に開かれた第6回ホリプロタレントスカウトキャラバンの優勝をきっかけとして芸能界入りを果たしました。1982年3月に『潮風の少女/メルシ・ボク』で、アイドル歌手としてデビュー。1983年『さよならの物語』、1984年『クレイジーラブ/愛のランナー』、1985年『リ・ボ・ン』などがヒットしました。
1982年4月、シングル「急いで!初恋」でアイドル歌手としてデビューしました。デビュー当時のキャッチコピーは「ハワイから来たバイリンガール」。同期には、松本伊代、堀ちえみ、小泉今日子、三田寛子、中森明菜、石川秀美らがおり、「花の82年組」としてデビューを果たしました。
TBS系『たのきん全力投球!』の田原俊彦の妹役オーディションに合格しデビューしました。同年10月21日、「センチメンタル・ジャーニー」でアイドル歌手としてもデビューしました。当時のキャッチコピーは「瞳そらすな僕の妹」「田原俊彦の妹」でした。1982年12月の『第24回日本レコード大賞』新人賞受賞しました。
ピンク・レディーのデビュー・シングル「ペッパー警部」は売上60万枚、出荷ベースではミリオンセラーのヒットとなり、1976年末の「第18回日本レコード大賞」新人賞を獲得、翌1977年に掛けてロングヒットとなりました。第2弾シングルの「S・O・S」、第3弾シングルの「カルメン’77」もオリコン1位を記録しました。
女性昭和アイドルの人気ランキング 10位~6位
「殺意のバカンス」で歌手としてデビュー。1980年代はアイドル歌手として、1990年代以降は主にミュージカルで活動しました。2000年代に入ってからはクラシックとのクロスオーバーに挑戦しました。
同期デビューに、森川美穂・中山美穂・南野陽子・森口博子・斉藤由貴・大西結花・橋本美加子・芳本美代子・井森美幸・浅香唯、石野陽子・松本典子・おニャン子クラブなど、のちにトップアイドルになる華々しい顔ぶれでした。
メンバー
伊藤蘭(愛称はラン、1955年(昭和30年)1月13日 - )
藤村美樹(愛称はミキ、1956年(昭和31年)1月15日 - )
田中好子(愛称はスー、1956年(昭和31年)4月8日 - 2011年(平成23年)4月21日)
NHKの新番組『歌謡グランドショー』のマスコットガールとして3人揃って抜擢され、番組プロデューサーから「食べてしまいたいほどかわいい女の子たち」を意味して「キャンディーズ」と名付けられました。
「純だね、陽子」「可憐だね、陽子」のキャッチフレーズのもと、「恥ずかしすぎて」でアイドル歌手デビューを果たしました。
生年月日: 1966年7月13日
生まれ: 千葉県 木更津市
配偶者: 薬丸 裕英 (1990年から)
血液型: A(AO)
子供: 薬丸 翔、 薬丸玲美、 薬丸 隼人